「エデン・フリージア」

読書でアウトプット

 

ツイッターでお世話になっている、いぬしろうさんから、お題をいただきました。

 

冒頭の絵は、いぬしろうさんが描かれたものです。

この絵にタイトルまたはキャッチコピーを作成してみてほしいとの依頼がありましたので、考えてみました。

 

遊び感覚で、ということでしたので、連想ゲームのつもりで自由に発想してみました。

私のイメージがいぬしろうさんのイメージと合っているかどうか自信はありませんが、面白がってもらえたら幸いです。

 

タイトルとキャッチコピー

 

タイトル:エデン・フリージア

 

キャッチコピー:

「おとな」探しの旅に出かけませんか。

あの頃の、あなたと一緒に。

 

ストーリーイメージ

「こども」と「おとな」の区別はどこにあるのだろう

「こども」はいつから「おとな」になるのだろう

 

「こども」だけで構成される世界、エデン・フリージア。

フリージアに住む三人のこども、ミミ、ユーリ、ナギ。

この三人が、この世界のどこかにいるという「おとな」を探しにいく旅の物語。

 

ほのぼのとして、ちょっと、ほろ苦い。

 

そんな「おとな」探しの旅に、出かけませんか。

あの頃の、あなたと一緒に。

 

 

子供が読んでも面白い、

大人が読んでも、癒される。

「そんな頃もあったな」と懐かしく、そして、物語を読み終えた後に今の自分を振り返った時、「今のわたしだって、そう悪いものじゃないよね」と思える、そんな暖かい物語をイメージしました。

 

「こども世界」という言葉から、「こども」だけの世界、そしてその対極の「おとな」という存在について考えているうちに、谷川俊太郎さんの詩「成人の日に」へとイメージが飛躍して、上のようなストーリー設定へとつながりました。

 

谷川俊太郎さんの詩「成人の日に」

私の大好きな詩です。

有名な詩のようですのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、改めてここでも紹介させていただきます。

 

成人の日に   谷川俊太郎

 

人間とは常に人間になりつつある存在だ

かつて教えられたその言葉がしこりのように胸の奥に残っている

 

成人とは人に成ること

 

もしそうなら

私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない

 

人間とは何かを知りつくしている者もいない

だからみな問いかけるのだ

 

人間とはいったい何かを

そしてみな答えているのだ

その問いに

毎日のささやかな行動で

 

人は人を傷つける

人は人を慰める

人は人を怖れ

人は人を求める

 

子どもとおとなの区別がどこにあるのか

 

子どもは生まれ出たその時から小さなおとな

おとなは一生大きな子ども

 

どんな美しい記念の晴れ着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない

 

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

 

できあがったどんな権威にもしばられず

流れ動く多数の意見にまどわされず

とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

 

それこそがおとなの始まり

永遠に終わらないおとなへの出発点

 

人間が人間になりつづけるための

苦しみと喜びの方法論だ

 

固有名詞について

いぬしろうさんのイラストにある花が印象的だったので、固有名詞には花の名前を使うことにしました。「こども」という言葉から連想される言葉につながる花の名前と、語感を気にしながら選んでみました。

 

フリージア:アヤメ科フリージア属 南アフリカ原産

花言葉は「あどけなさ、無邪気」

 

ミミナグサ:ナデシコ科ミミナグサ属 ヨーロッパ原産

花言葉は「無邪気、純真」

 

百合(ユリ):ユリ科 温帯、亜熱帯から亜寒帯原産

花言葉は「純潔、無垢」

 

ナギク(デイジー):キク科 ヨーロッパ原産

花言葉は「無邪気、純潔」

 

 

私の勝手な妄想世界が暴走しているかもしれませんが、そんな場合には「可笑しいなぁ」と笑っていただけたら本望です。

 

色々考えるのは、思った以上に楽しかったです。

いぬしろうさん、ありがとうございました。

 

 

 

以上です。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。