文学への新しい入り口 -文豪どうかしてる逸話集-

読書でアウトプット

「文豪」という言葉を聞いた時、皆様はどんなイメージを持つでしょうか。

私がこれまでもっていた文豪のイメージは、次のような感じでした。

・突き抜けて頭がいい

・気難しそう

・ちょっと陰気そう

 

では実際には、文豪と呼ばれる人たちはどんな人だったのか?

今回紹介するのは、明治から昭和にかけて文壇を支えてきた様々な文豪たちのエピソードをまとめた一冊。

学校の国語の教科書に出て来る文豪のイメージとはまた違った文豪の側面を発見することができる本です。

 

実際の文豪はどうだったのか?

本のタイトルの通り、実際の文豪たちの素顔は一般に思われている印象とは随分違ったようです。

少し見てみましょう。

 

夏目漱石:豆腐メンタル、大の甘党でジャムは瓶のまま舐めるのがデフォルト。

川端康成:借金王、借りた金を返さない天才的な借金スキルを保有。

谷崎潤一郎:稀代の女好き、強く美しい女性に踏まれたいドM

江戸川乱歩:人間嫌いながらも地域の防災訓練でやる気に火がつき町会役員に抜擢。

太宰治:趣味は「酒、薬、女、心中」、人間失格そのままの人。

 

他にも、様々な文豪のびっくりするような、そして思わず笑ってしまうようなエピソードがたくさん紹介されていました。

どうしようもないような、それでいて人間臭いエピソードの数々はとても生き生きとした文豪たちの姿を思い描かせてくれます。

ある意味、とても人間らしいとも言えそうです。

 

著者は次のように言っています。

素晴らしい作品を生む人間が必ずしも素晴らしい人間とは限らないし、またそうある必要もないのです。

 

確かに、おかしくて、どこか可愛くて、変な習性を持っていた文豪たちの「どうかしている」エピソードを知ると、そんなふうに思えてきます。

個人的には、次のようなエピソードがとても印象的で気に入りました。

 

太宰治は借金のかたに友人(檀一雄)を人質にした経験を元にして「走れメロス」を書いたが、実際は全然走ってないどころか、友人を見捨てて戻らなかった

 

坂口安吾は文壇の先輩(徳田秋声)を批判しまくっていたら、徳田秋声の文壇仲間(尾崎士郎)から決闘を申し込まれる。いざ決闘の当日に対峙した二人は「とりあえず、飲もうぜ」となぜか飲みにいき、翌日の昼まで飲んで二人は大の親友に。

 

いつも酔って太宰治に絡む中原中也、いじられて半泣きになっている太宰に「青鯖(サバ)が空に浮かんだような顔しやがって」とよくわからない詩人ならではのセンスで罵倒。しかし太宰は中也の才能を尊敬しており、中也が30歳と若くしてなくなった時には「死んでみると、中也はやっぱり天才だったよね、段違いだ。」とつぶやいた。

 

猫が大好きだった、内田百聞。買っていた猫(名前はノラ)が家出した時は何万枚とビラを配り、新聞に広告までだし、英語版のポスターまで作って町中に貼った。「今頃は三味線にされていたりして」と冗談を言った弟子は即破門にした。そして晩年にそのことを「ノラや」というタイトルで本にしたが、原稿を読み返すのが辛すぎて校正もできなかった。

 

直木三十五が文芸春秋で「文壇諸家価値価格表」という当時の作家を独断と偏見で採点する企画を掲載。評価項目は、学力・知識・才能・人格・度胸・容姿・人気・資産・性欲・腕力など。谷崎潤一郎を「性欲96点」と書いたり、田山花袋は「好きな女性」という項目で「弟子」(実際に弟子を好きになった逸話あり)と書いたり、悪ふざけ要素満点だったが、読者には大いに受けた。悪く書かれた作家が激昂し、掲載を許可した菊池寛を糾弾したが、菊池寛は「こんなの、お遊びだろ。小さいなぁ」と直木を擁護した。で、その菊池寛は価格表で直木から「容姿36点」と酷評された。

 

本書を読んで、特に私は菊池寛という作家に非常に好感を持ちました。

菊池寛は、自分自身は「生活第一!芸術は二の次!」と大衆的な作品を作ることで資産を築いた作家ですが、当時は純文学をよしとする風潮があり、大衆的な作品は見下されるところがありました。

しかし菊池寛は、自分自身が「大衆作家」の名に甘んじながらも、若い才能を潰さないために自らの資産を投じて、芥川賞、直木賞を設立、まだ世に認められる前の若く才能ある作家たちの生活を支え、純文学の発展を裏から支えました。

菊池寛は幼少期から貧困に苦しみ、そして人に助けられるありがたみを身を以て知っていました。それ故か、若く才能がある作家たちをさも当然のことのように惜しみなく援助するその姿には、胸を打つものがありました。

自分は大衆作家と見下されようと、才能ある若者を信じ、文学の発展を支え、ついにはノーベル文学賞を受賞する作家をも生み出した菊池寛。

日本の文学史への貢献度は測ることが出来ません。(そんな菊池寛も、もちろんどうかしてる逸話はしっかり残しています)

 

教科書から見える文豪の人物像とはまた違った角度から見ることができました。

そして、「こんな面白い人が書く小説は、一体どんな小説なんだろう?」と思わせてくれます。

文学と聞くと、なんとなく敷居が高く感じてしまいますが、こんなに生き生きと輝いた文豪たちの作品は、やはり魅力に溢れています。

明治から昭和の文学への新しい入り口として、ぜひ本書をお勧めします。

 

 

以上です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。