是川銀蔵さんのこと

読んだ本のこと

 

自分がこれまで全然知らなかっただけで、実はすごい人がいた

そんなことが私はよく(本当によく)あるのですが、是川銀蔵さんという人もそんな人の一人でした。

是川銀蔵さん。愛称、是銀さん。

別な本を読んでいて、是川銀蔵さんのことが少し触れられていたことがきっかけで知った方です。

どんな人かしらと興味を持ち、本人による自伝「相場師一代」という本から、是川銀蔵さんの生い立ちと、どのような人生を歩まれたのかを知りました。

 

 

自伝のタイトルも相場師とあるぐらいですし、実際に是川銀蔵さんの世の中の動向を読み取って先を見る能力は突き抜けてすごいので、株式投資の世界ではとても有名な方の様です。

※相場師:株式や不動産、通貨などの取引市場で投資を行う人、とりわけ投機的売買を主に行う投資家のこと

けれど私にとっては、株式投資の格言や秘伝に関する内容よりも、是川銀蔵という人物そのものや、その生き方に強く惹かれました。

 

是川銀蔵さんは、明治30年生まれで2度の世界大戦の時代を生きてこられた方です。(1992年に亡くなられています) 是川さんのすごいところはたくさんあるのですが、その中でひときわ大きく存在感を放っているのは、その「意志の強さ」です。

本人も、自伝の中でこんな風に記しています。

いま考えてみても、やはり、私は普通じゃなかったと思うのだ。私は、おそろしく意志の強い性格を先天的に持っていたことは間違いないようだ。

これだと思ったら、どんな困難があってもやり通す。しかし、やっちゃあいけないことはどんな誘惑があっても手を出さない。この意志の強さがいまの相場師・是川銀蔵を作ったのだと思っている。

「自分は意志が強い人間です」と自分で言う人の言葉は、通常は懐疑的な目で見られがちだと思うのですが、是川銀蔵さんの人生でやってきたことを考えると、もう否定のしようがありませんでした。

例えば、第2次世界大戦がまだ始まる前、日米親善のムードが漂う中のこと。

是川銀蔵さんは世界経済の動向を調べていくうちに、あることに目が止まります。欧米列強国の国家予算の数字にどうも違和感があるのです。「そんなことに、そこまでのお金を使うか?」と疑惑を感じて深く調べていく先に、是川銀蔵さんは列強諸国が軍事力を高める動きを極秘裏で進めていることを突き止めます。(個人でそんなことまで調べる是川さんの情報収集力もすごい)

 

つまり、シベリア開発費とか、インドの農業開発予算とか平和的な予算項目でカムフラージュし、実際は、ひそかに軍事力を増強していたのである。これは、米、英、ソ、中国の日本包囲の共同作戦が始まったなと、直感した。対日戦の準備に入ったなと確信したのである。

日本の軍隊の誰もそのことに気づいていない中、もう戦争が回避できないところまで差し迫っている。そして是川銀蔵さんは、とても大きなもう一つのことに気がつきます。

 

日本の最大の弱点である鉄でいうと、米英ソ三国の年間鉄鋼生産高一億数千トンに対し、日本はわずか六百万トン、これでは勝てっこない。せめて一千万トンの生産確保が不可欠だ

 

戦争が始まれば、大量の鉄鋼材を供給できなければ戦い続けることはできなくなる。すなわち、戦争が始まれば日本はもう絶対的に勝つ見込みがない、ということに他ならないわけです。

そして是川銀蔵さんの本当にすごいのは、ここからです。

こうなると、ただ黙って見ていられる性格ではない。軍事力増強のため、いま日本は鉄鋼資源の開発が急務である、戦力の向上に少しでも貢献するためには自分が鉄山の開発をやることだ、と思ったのである。

その2年後の昭和13年7月、是川銀蔵さんは当時の自分の全財産を資本に是川鉱業を設立し、鉄の共有を支えるため自ら朝鮮半島へ渡ります。ちなみに是川銀蔵さんはこの時点で鉱山開発に関しては全くの素人。そのため、朝鮮に渡ってからは猛勉強と地質調査に奔走する日々が待っています。その前途多難な状況も分かった上で、これをやっているのです。

この決断力と行動力、そう簡単に真似できることではありません。

是川銀蔵さんの「えー!そこまでやるの!?」的なエピソードはこれに留まりません。終戦後の日本食料自給問題を解消させるために、米の二期作の技術開発に没頭していくくだりも、実に読ませまる内容でした。この背景には「マッカーサーは、日本の人口を減少させて日本を2度と立ち直れない国にしようとしているのではないか。日本を再び世界の一流国家へと成長させるために、自分一人でもマッカーサーと対決してやる」という強い想いがありました。

書き出すと限りがありませんが、是川銀蔵さんの人生の節目節目で、こういった驚くような察知力、判断力、行動力、そしてそれをやり通す意志の強さが伺えます。

常人離れしたスケールでの発想力、そして「これだ」と思ったら絶対にやり通す、その意志の強さには本当に驚かされるばかりです。

また、是川銀蔵さんが命がけで取り組もうとするようなことは、どうも求心力が働くことが多いようです。いくつかの危機的状況下で是川銀蔵さんを助けようとする人の存在があったことも印象的でした。

 

是川銀蔵さんの、徹底的に探求する勤勉さにも学ぶところがありました。

経済問題でも人の意見を聞くだけでは絶対に納得しない。本当にそうなのかどうかを自分で分析し、確信があるところまで突き止めて、やっと納得する。

 

是川銀蔵さん自伝には、「細かい数字がよく出てくる」という特徴があります。随分と以前のことを書いているはずなのに、数字がとにかく細かい。これは是川銀蔵さんが自分で調べて分析した数字だったからこそ、でしょう。その具体的な数字までおそらくご自身のノートに記録されていたのだと思いますし、お茶を濁したいい加減な数字の書き方をすることは是川銀蔵さんには許せないことだったと思います。

己が成さんとすることのため、その対象となるものの研究を核心に至るまで追求すること。それが、未知の分野で自分の判断、分析力を徹底的に鍛錬することになるのだ、と言う是川銀蔵さんの信念。

是川銀蔵さんは、生まれた家が貧しかったため、小学校を出てすぐに奉公に出なければならなかった経歴があります。自分の夢を勝ち取るには徹底的に勉強するしかない、誰よりも勉強して自分の野望を実現するのだ、そんな是川銀蔵さんの声が聞こえてくるような気がしました。

 

是川銀蔵さんが生きていた時代に比べてると、現代の学ぶことや探求するための環境はIT技術の発展により格段に恵まれた環境にあります。そう考えると、自分ももっとできることがあるような気がします。

判断に迷ったり困難な局面に陥った時こそ徹底的に調べて追求する、という勤勉さは、自分が成したいと思うことの確信を高め、様々な迷いや困難に負けない強さをもたらしてくれるはずです。そして日々の中でそれを意識して鍛錬することで、自分の中に信念が生まれるのだと思います。

自分が行おうとすることに対して、しっかりと確信が持てているかどうか、周囲の流れに身を任せて流されてしまっていないかどうか、いつも心に留めておきたいと思います。

 

是川銀蔵さんは、自伝のあとがきでこう綴っています。

私は色紙を頼まれると、「誠と愛」と書くことにしている。私の人生の理想だと考えている。人に誠を尽くし愛情を持って生きていくということである。

波乱の時代の中で生き、常に先を見ながら大きな富を築き、そしてそれを失い、また一から築く。そんなことを幾度と繰り返した人物の理想の人生は、とても温かみがあり、そしてとても静かだなと感じました。

是川銀蔵さんのこと、知れてよかった。

 

 

以上です。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。