生きてるうちに、さよならを

読書でアウトプット

今回のは、読書仲間(読書先輩)のアザラシさんから紹介してもらった一冊です。

「生きてるうちに、さよならを」

意味深なタイトルです。

こちらの小説、アザラシさんは「家族小説」と分類されていますが、絶妙な分類分けだなと感じました。

アザラシさんの記事の冒頭部分をそのまま引用させていただきますと、このような内容です。

 

簡単なあらすじ
一代でつぶれかかっていた工場を立ち直らせた会社社長の本宮は、とある切っ掛けで自分の生前葬を企画します。
会社で企画したセミナーで生前葬の話を聞いたから。
友人の葬儀で聞いた自己陶酔型の弔辞に我慢がならなかったから。
様々な理由がありますが、そんななか本宮の妻は「とある秘密」を隠していて……。

綺麗な表紙に、こんなタイトル。
紹介されているあらすじもよくある「感動系小説」を連想させるあらすじ。
ここまでそろったら、これは絶対に「美しい家族の絆を再確認させる感動系の家族小説だ」と期待しますよね。
ところが、本作のすごいところはそんな期待を良い意味でひっくり返してくれるところです。したがって、逆の言い方をすれば感動系の物語を読みたいという方には必ずしもオススメとは限りません。
むしろ、どんでん返しや意外性を楽しみたいという方にこそオススメの一冊です。

 

私はもともと推理小説を入り口にして本を読むようになったという経緯もあって、どんでん返しや意外性は大好物です。オススメされるがままに読んでみて、感想は「正に!」というものでした。

もう、思いっきりひっくり返されます。

「えぇぇ!?そんな、まさか、そんなことが・・・」この感じがたまらなく快感でした。

 

本小説の特徴の一つに、「話しかけるように書かれている」ということと、章立てになっているのですが章ごとに「話しかける相手」が変わるということがあります。

この語りかける感じで物語が進んでいくのが、私にはとても新鮮で読みやすく感じました。

読みどころは何箇所かありましたが、クライマックスは語り手(会社社長の本宮氏)の妻の秘密に迫る終盤の部分。地図から名前が消えた山里、雪深いその里へと踏み込み、核心となる「しがらみ」へと迫るにつれ、それまで謎だった内容が次々と明らかになっていく展開には推理小説好きでなくても指が震えるはずです。そして衝撃の結末へと一気に「引きずり込まれる」感じに、もうクラクラです。

 

 

「生きてるうちに、さよならを」というテーマ

生前葬という言葉をご存知でしょうか。

私はあまり詳しく知らなかったのですが、本書から大きく二つのタイプがあると知りました。

一つは、人生のリセットを目的としたもの。これまでの自分は死んだものとして、人生の終盤でもう一回気分を変えたいという気持ちから、第二の生き方をアピールするセレモニー。

もう一つは、重い病から余命宣告を受けた本人が、まだしっかりしているうちに行われるタイプの生前葬で、お葬式の前倒しというよりは、お別れパーティーの前倒しという性質のもの。

小説中では、社長である本宮氏が一つ目のタイプの生前葬を自分なりの目的を持って執り行おうとするところから話は盛り上がっていくのですが、そこを話すとネタバレになるのでここでは控えます。

 

この小説で心に残ったものがいくつかあるのですが、一つは本書のタイトル「生きてるうちにさよならを」です。何かを葬る「葬儀」ではなく、あくまでも「生きているうちに、さよならを」というものでした。

 

作中に登場する大塚綾子さんという方の話す言葉には、とても重みと説得力がありました。

 

私は今、66歳です。この歳になりますと、すべてのことにおいて「またこんど」はなくなるんです。

 

振り返ってみますと、ああ、あの人とあそこで別れた時には、二度と会うことがなくなるとは思ってもみなかったのに、あれから20年、30年、今では消息さえもわからなくなってしまった、というケースは、いっぱいあるんです。

そういうことを考えてまいりますと、なんだか、さよならも言わずに別れたままの人たちと、もう一度会ってみたいと、近頃とても強く思うようになったんですよ。

 

この記事を書いている私は現在43歳ですが、確かにここで言われているような「もっと頻繁に会うと思っていたのに、さよならも言わず消息が途絶えてしまった」人は、私の人生においても存在しています。

そして、やはり「できることなら、また会ってみたい、あの時言えなかった気持ちを伝えたい」という想いもあります。

そういう私にとって、大塚さんの言葉はとても心に響くものでした。

 

今、まだ若くて健康で、あと何十年も人生があるという確信に満ちておられる若い方にも、十代には十代なりの、二十代には二十代なりの、永遠の別れがあるということを意識しておいていただきたいんです。卒業とか、引越しとか、退職とか、あるいはケンカや死のような、明確な区切りを持った別ればかりが人生の別れではありません。

ふっと気がつくと、もうあの人は自分の人生から消えてしまったのだ、という別れがたくさんあることを知っておいていただきたいんです。その真実を意識していると、一期一会を心から大切にしていく気持ちになれるんですね。

本文より

 

伝えたいと思うことがあるのなら、「またこんど」ではなくて、今伝えておかないと、伝えたいと思った時に相手が自分の人生の中にいるかどうかはわからないから。

とても大切なことだと思います。

 

そして二つ目。これも大塚綾子さんの言葉です。

 

自分の先天的な性質や後天的な努力だけでなく、大勢の人が私に関わり合うことによって、大塚綾子という人格はできていったのだな、ということ。

(中略)

人間は自分が直接関与できない大きな力で人生を動かされていきながら、必死になって手作りで自分をこしらえていくものだと思うの。自力で自分の人格を作り上げるのには限界があるのよ。

逆に言えばね、人の性格とか人格は、その人だけがこしらえていったものではない、ということ。その人の歴史をしっかり見ていかないと、本当の人柄はわからない。

本文より

 

今、自分のそばにいて、よく知っているつもりになっている相手のことを、本当に理解できているのか。その相手のルーツや、相手の心の奥にあるものを、どこまで知っているのか。

身近にいる相手に対して特に、ついつい「自分はよくわかっている」と思い込んでしまいがちです。でも本当にそうなのか?

先の内容も合わせて考えると、本当に相手のことを「いま」理解しようとすることは、とても重要なことだと考えさせられます。

 

本書は、どんでん返しを楽しめるエンターテイメントとしての小説だけでなく、人生においていくつかある大切なことのうちの一つを心の中に留めてくれる、そんな側面も持った小説でした。

 

アザラシさん、ご紹介ありがとうございました。

 

 

以上です。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。