パラダイムシフトをあなたに – そこに工場があるかぎり –

読書でアウトプット

 

ふとしたことがキッカケとなって、それまでに抱いていた印象がガラリと変わる。誰しもそんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。

それまで当たり前だと思われていた概念や価値観が、ある点を境に大きく転換することをパラダイムシフトと言うそうですが、社会一般のことでなくとも、個人的な価値観が変わることもパラダイムシフトと言っていいと思います。

私の場合ですと、雛人形に対してのパラダイムシフトがありました。子供の頃の私は、雛人形や市松人形が怖くて怖くて仕方ありませんでした。私には姉がいます。毎年3月3日が近づく頃になると自宅の和室に飾られる雛人形は、幼少期の私の毎年の悩みの種でした。私の実家は、居間の隣に襖で仕切られた和室が1室あるのですが、その和室が雛人形を飾る定位置でした。

私の衣類はその和室にあるタンスに収納されており、毎日お風呂に入る前にその部屋に自分の着替えを取りに行くことになるのですが、その和室は通常は人の行き来がないので夜には大抵部屋の明かりが消えています。昭和の家なので、部屋の入り口横にあるスイッチを押せば明かりがつく現代と違って、部屋の中央まで歩いて行って蛍光灯からぶさらがった紐を引っ張って電気をつける方式です。

雛人形は、夕方になるとぼんぼりが灯される習慣が実家にはありました。夜、着替えを取りに和室に行くと、暗い部屋の中でぼんぼりに照らされた雛人形が否応無しに視界に入ります。そして、部屋の電気をつけるための紐は、ひな壇にかなり接近しないと引っ張ることができない配置となっています。

襖を開ける→できるだけ雛人形の方を見ない様にして部屋の電気をつける→着替えをとる→できるだけ雛人形の方を見ない様にして部屋の電気を消す→部屋を出て襖を閉める

こんな一連の手順を踏まなければ自分の着替えを取りに行けなかったのですが、その際に「もし雛人形の位置が変わってたらどうしよう」「人形が動き出したら嫌だな」などと、わざわざ考える必要もないことを想像して怖がっていました。われながら情けないと思いますが、子供の頃は本当に怖かったのです。

大人になって、実家を離れてからは雛人形の恐怖などは綺麗さっぱり忘れていたのですが、自分の娘が生まれ、祖父母から雛人形と市松人形がプレゼントされたことで子供時代の恐怖が思い出されて深妙な気持ちになったのですが、「なぜ雛人形という文化が日本にはあるのだろうか」といった思いから、雛人形のこと、市松人形のことを調べることにしました。

調べてみると、果たしてそこには生まれてきた女の子への愛情に溢れた世界がありました。「そうか、雛人形はそんな意味が込められたものだったのか」と知ったことで、私の雛人形や市松人形への恐怖心は綺麗さっぱり消え去り、むしろ「娘を見守るもの同士、仲良くやりましょう」という様な、奇妙な親近感さえ持つ様になったのです。これをパラダイムシフトと言わずして何と言いましょう。

そう思うと、「知る」ことの影響は計り知れないと思うのです。

異常に長い前置きを書いてしまいましたが、今回紹介する本も、そんなパラダイムシフトを与えてくれる本です。

小川洋子さんの著書、「そこに工場があるかぎり」です。

 

どんな本なのかを一言でいうと、「小説家の小川洋子さんによる工場見学エッセイ」です。

小川洋子さんは「博士の愛した数式」などで知られる小説家ですが、小川洋子さんが生まれ育った岡山県岡山市にはさまざま工場があった様です。小川さんの自宅向かいにも鉄工所があり、子供だった小川さんの目に鉄工所で溶接作業をする工員さんたちの姿がどの様に映っていたか。こんな風に表現されていました。

 

しかし何より私を夢中にさせたのは、顔の形に添う緩やかなカーブを持った四角いお面と、バーナーの先から飛び散る火花です。

工員さんがお面を素早く顔に当てます。するとバーナーの火が一段と大きくなり、黒々とした鉄からパッと美しい火花が咲きます。線香花火などとは比べものにならない明るさと勢いを持っています。それ自体が、自在に姿を変える魅惑的な生き物の様です。そしてその生き物を思うがままに操っているのが、お面姿の工員さんです。

目を守るためにやっているのだろうと、薄々気づいてはいながら、心のどこかでは、あれこそ秘密のお面に違いない、あれをつければたちまち、ウルトラマンや仮面ライダーのように無敵になれるのだ、と信じていました。子供の私にとって工員さんは、見えない人類の敵を火花でやっつけてくれる、格好いい英雄でした。

道の反対側にしゃがみ込み、少女はいつまでも鉄工所を見つめていました。西日が差し込み、一段と輝きをました火花の美しさと、錆と油の混じり合ったにおいが、今でもよみがえってきます。

本書から抜粋

 

本書を読むと、小川さんの工場に向ける眼差しの優しさ、温かさが随所から伝わってきます。見学したのは合計で6社、ものづくりの様子が小川さんの優しい文体で綴られていました。

工場見学エッセイということで、6社それぞれの工場の様子が詳しく生き生きと描かれています。日常の中で身近にあるものや、そうでないものなど内容は様々ですが、小川洋子さんというフィルターを通して描かれるものづくりの過程は実に魅力的で、かつ様々な驚きの発見があります。

 

江崎グリコ株式会社の工場見学の様子も描かれていました。神戸にあるグリコピア神戸ではプリッツやポッキー、ビスコなどグリコの代表格となる製品の製造工程を見学しながらお菓子について学べる施設が併設されていることも、本書で初めて知りました。

馴染み深いお菓子の製造工程を知るのも、ちょっとしたワクワク感がありました。それにしても小川洋子さんの表現は見事です。

 

そうこうしている間にも、カットされた生地がベルトコンベヤーに載って次々と流れて来る。この段階では大きさはまだ不統一で、両手で抱えられるくらいの塊もあれば、ポロポロした欠片もあるのだが、その不揃いな感じが初々しくて好ましい。自分がこれからポッキーの軸になるのだ、などとは気づいてもおらず、長い旅は始まったばかり、といった高揚感に包まれている。

(中略)

自分でもクッキーを焼く時、型抜きをして余った生地は、もう一度こね直して使うが、いくら規模が大きくなっても発送の梱包は変わらないらしい。生地の端っこたちには、ついさっき意気揚々と原料混合器を出発したばかりなのに、早くも逆戻りしているのを恥ずかしがる様な、あるいは、皆の流れに逆らって、妙に目立ってしまっているのを申し訳なく思う様な風情がある。

つまり、ラインが表情を持っているのだ。

本書より抜粋

私も仕事でいろいろな工場見学に行きますが、こんな風に製造工程ラインを見ることもできるのだなあと驚きました。

情緒的に描きながらも、ひとつひとつの製造工程の工夫をわかりやすく伝えてくれます。

ポッキー製造工程で「絶対の秘密」という開かずの間があることも、本書で知りました。それはチョコレートをかける工程です。ここだけは、見学ラインからも一番遠い奥に設置されており、区画は天井まで届く壁に遮られ、社内でもごく一部の限られた人にだけ入室が許可されているそうです。

そういえば、昔のポッキーのチョコレートは先端の部分がちょっと垂れた様な感じになっていたと思いますが、最近のポッキーはそれが無くなっていることを思い出しました。

開かずの扉の向こうでは、チョコレートのコーティング工程も日々進化している。そして、それはグリコ社内でも、限られた人にしか共有されていない。

この秘密も、なんだかドキドキする話ですね。

 

私の中で特に印象に残ったのは、北星鉛筆株式会社でのやり取りです。北星鉛筆さんは、東京都葛飾区にあり、その社名の通り鉛筆を作っています。設立は昭和26年(1951年)と古く、長い歴史を持った会社なのですが、様々な時代を経ながら今も高い志を持って鉛筆を作られています。

 

「基本的には、鉛筆を通して何ができるか、ということです。いかに鉛筆を作り続けるか。鉛筆の価値が減ってきたなら、新たな価値を作らなければならないんです」

 

鉛筆という書き物のツールに対して、皆さんはどんな印象を持っていますか。鉛筆というシンプルな道具は、皆さんにとってどの様な存在でしょうか。

 

鉛筆はただ単に短くなっていくのではない。何か別なものに置き換わっているのだ。

「減ったぶんだけ、何かを生み出しているんですよ。子ども達が勉強をして、夢をかなえてゆく。それを担っているのですから、鉛筆は素晴らしいなと思います。」

一本の鉛筆で線を引いてゆくと、50キロメートルになるという。ボールペンでは1.5キロメートル、サインペンでは700メートル。この数字を見れば、鉛筆がいかに大きなエネルギーを隠し持っているか、明らかだ。

50キロメートルにも及ぶ果てしない旅路を伴走し、自らは姿を消す。書きつけた人と、書きつけられたものにすべてを捧げ、自らは退場する。

本書より抜粋

 

本書を通して語られた鉛筆というツールや、鉛筆を作っている方々の想いを知ることで、鉛筆に対する私の気持ちは一変しました。

自宅の筆箱を漁って、鉛筆を見つけ出し、普段私が使っている筆箱にも1本の鉛筆をそっと忍ばせました。何か、鉛筆を身近に置いておきたい気持ちにさせられたのです。

私の中で、鉛筆に対しての価値観が大きく変わる、パラダイムシフトの瞬間でした。

 

 

私も、ものづくり企業に勤める一社員です。本書を手に取った頃は、仕事の中で色々な問題に対処しなければならないちょっと大変な時期でした。正直にいうと、自分のやっている仕事にちょっと嫌気がさしていました。

けれど本書は、そんな私に工場で働くことの素晴らしさを改めて感じさせてくれました。

社会にとって必要なものを作る。

そんな自分たちの役割の大切さ、尊さを再認識させてもらえたことで、ささくれた気持ちが和らぎ、気持ちが救われた様な気がしました。

 

仕事をしていると、いろいろなことがあるものです。もしかしたら、また自分の仕事が嫌になる時が来るかもしれません。そんな時には、その仕事の意義や、存在価値を見つめ直すと、また自分がやっていることの中に輝くものを見つけることが出来る様になるはずです。

宝物が見つかるかどうかは、結局のところ自分次第なんだなと改めて思いました。

 

 

東大阪市出身の人が、何気なくこんなふうに言うのを聞いたことがある。

「雨が降ると、町工場から漏れた油で、道が虹みたいに七色に光るんですよ」

本書より抜粋

小川洋子さんの目に映る工場は、七色に輝いていました。

私は毎日、電車に乗って、駅から工場まで歩いて仕事に行きます。自分たちが働く工場も七色に輝いたものにしよう、そんな風に思うと、自然と背筋が伸びる思いがしました。

 

ものづくりに携わる人にも、ものづくりをする人たちの思いに触れたい人にも読んでみてほしい、そんな一冊でした。

 

以上です。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。