感染症に立ち向かうために -感染症の差別と偏見を考える-

思考をアウトプット

 

今回の内容は、「私たちはどのように感染症差別に立ち向かうべきなのか」というテーマに対しての考察です。

私が調べてみてわかったこと、私たちには何ができるのか、どうすべきなのかについて考えた内容を書いてみたいと思います。

 

先に言いますと、今回の記事はかなり長いです。

そんな長い記事には到底付き合っていられないと思われる方、時間を節約したい方や、簡潔に今回の要点だけを知っておきたい方は、日本赤十字社の記事「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!〜負のスパイラルを断ち切るために〜」に超わかりやすくまとめられてあったのを見つけましたので、こちらからご参照ください。

この日本赤十字社の記事は、ある点において極めて素晴らしいと感動したのですが、その感動を説明するには下に続く私の記事を抜きに説明することができないため、素晴らしいポイントについて知りたい方は申し訳ありませんが少しの間私の記事にお付き合いくださいませ。

では、行きます!

お世話になっている方からの案内で、シトラスリボン・プロジェクトという取り組みがあることを知りました。

 

このプロジェクトの主旨を一言で表現すると「感染症に対する偏見や差別の拡大を防ぎ、すべての人が住みやすいと感じることができる社会をつくっていきましょう」というものです。

感染症が引き起こす差別や偏見について、あってはならないと思うものの、それまでこの問題の本質については私自身深く考えたことがありませんでした。今回知ったシトラスリボンプロジェクトは、何か私にもできることがあるのではないかという思いを抱くきっかけとなり、普段仕事で使っているカバンにシトラスリボンをつけました。

 

シトラスリボンを付けることで、活動に賛同する意思を示すことはできます。でも、私にできることは、本当にそれだけなのかな。

例えば私がバッグにつけたシトラスリボンを見て関心を持つ人がいた時に、私はその人に何が伝えられるのだろう。

シトラスリボンのことをきっかけとして、私の中でそんな思いが日増しに募っていきました。

 

身近にある偏見と差別

今回私が「感染症流行下における差別と偏見」について強く関心を持った背景には、現実にこういった差別や偏見があることを目の当たりにしたことが関係していました。

「Aさん、ご家族がコロナに感染したらしいよ」

2021年に入ってしばらくした頃、私の職場でこのニュースが駆け抜けました。Aさんは、私の管轄する部署で働いている方でした。すぐに関係者に確認をとり、それが事実だと分かりました。

Aさんは感染者の家族ですので、コロナウィルス感染者との濃厚接触者となります。Aさんには、保健所の指示を仰ぎながら14日間の自宅待機をしてもらうことになりました。Aさんには小学校低学年の子供がいましたので、子供もしばらく学校を休むことになりました。

自宅待機の期間も検査を受けてもらっていましたが、幸いなことにAさんも、Aさんの小学生になる子供も、検査の結果は陰性でした。

自宅待機の期間が明けて、やっと職場に復帰してもらえるというその日の朝、Aさんから職場に連絡がありました。

「子供が学校に行けず、自宅にいます。申し訳ありません、今日は休ませてください。」

詳しく聞くと、小学生のお子さんが自宅待機期間を終えて学校へ復帰するその日、通学の途中で他の子供からひどく嫌がらせを受け、泣いて自宅に帰ってきてそのまま学校へ行けなくなったということでした。

この出来事が起こる少し前、私はAさんと仕事の合間で雑談することがあり、ちょうどそのお子さんの話を聞いていました。

Aさん「最近、前の自宅からそう遠くないところに引越しをしたのですが、引越ししてから子供が学校に行きたがらないんです。」

私「何かあったのですか?」

Aさん「通学路が変わったことで、一緒に登校する友達が変わったので、なかなか馴染めないみたいです。」

私「そうだったんですか。友達ができたら、また気分も変わると思いますから、早く友達ができるといいですね。」

そんな会話をしてから少しして、またAさんと会って話した時には、

Aさん「やっと友達ができて、学校にも楽しく行けるようになったみたいです。」

私「そうですか、それは良かったですね!」

そんな会話をしていました。

今回のコロナ感染の問題は、そのお子さんがやっと学校に楽しく行けるようになったと思っていた矢先のことでした。

 

 

時に子供は、まだ子供であるがゆえに残酷な言葉を友達に向けてしまうことがあります。私自身が子供だった頃も、私が友達にひどい言葉を投げつけてしまうこともあれば、またその逆もありました。

今回の出来事を聞いたとき、ひどい話だと思いながらも、そのお子さんを攻撃してしまった子供を責めることは出来ないな、と感じました。

Aさんのお子さんに対して他の子供が攻撃的な言葉を向けてしまったのは、私も含めた周りの大人が責められるべきなのではないのか。問題の本質は、このコロナ禍において差別的な発言を子供にもさせてしまう大人や社会そのものの中にあるのではないか、そう考えるようになりました。

感染症の差別は許されるものではないと、私たちは過去の歴史から学んできたはずなのに。

それなのに、なぜまたこんな問題が起きてしまうのだろう。どうして、シトラスリボン・プロジェクトのような活動が、また必要になってしまうのだろう。

そして、やっと新しい友達に馴染めて、やっとまた学校に行けると思ったのに、学校に行くのが怖くなってしまったAさんのお子さんの気持ちを思うと、とてもやりきれない、悲しい気持ちになりました。

 

感染症は人間にどんな影響を及ぼしたのか

この様な経緯があったことで私自身が感染症の歴史をもっと知りたいと思い、感染症の歴史に関する本を読んでみることにしました。

感染症学者の岡田晴恵さんが書かれた本「人間vs感染症」です。

 

本書では、さまざまな感染症を病気という見方だけでなく、どう人間と関わって、どんな影響をおよぼしたかという観点からも取り上げます。多くの人々が死に絶え、歴史や社会が大きく変革するきっかけとなった話もしましょう。そして一方で、勇猛果敢に感染症に挑み、その原因となる病原体を発見し、または感染経路を見出して、人類が感染症に勝利した輝かしい話も紹介したいと思います。そんな感染症が人類と関わって、歴史に残していった爪痕を語っていきましょう。

人類vs感染症 著:岡田晴恵 より抜粋

歴史的な背景も絡めながら感染症のことについて体系的にまとめられた本書は、私にたくさんの衝撃を与えました。いかに私自身が感染症に対して無知であったのかと、痛恨の一撃を受けたような気がしました。

本書をきっかけとして、気になったところをさらに追いかけて調べてみたのですが、調べれば調べるほど今まで私が知らなかった歴史の事実を知ることができました。

余談ですが、本書を知ってから、岡田晴恵さんが新型コロナウイルスが世界を襲い始めた時にテレビに頻繁に出ておられたことを知りました。その頃、私はベトナムにいたので岡田さんのことは全然知らず、今回初めて知ったのでした。本書は、今回の新型ウィルスが世に現れる前の2004年に発行されたものです。

そして分かったことは、感染症は私が想像していたよりもずっと多くの悲しい人間の歴史を残していたということでした。

 

不安や恐怖心、嫌悪感が人の心を荒廃させる

現代に生きる私たちは、感染症はウィルスによって引き起こされることを当たり前のことと認識していますが、病原体としての細菌の存在が確認されたのは19世紀の中頃でした。そして細菌よりももっと小さく電子顕微鏡でしか見えないウィルスが世界で最初に発見されたのは19世紀がもう終わろうとしている1898年です。

感染症がウィルスによって人間に感染するということやその感染のメカニズム(飛沫感染、空気感染、接触感染、母子感染)など、今私たちが当然のことの様に受け止めているようなことが科学的に解明されたのは実際にはわずか120年ほど前のことで、人類史という視点で見ると非常に最近の出来事でした。

それ以前は、病気の原因となる病原菌を科学的に判別することができなかったため、病気の原因については今とは全く違う解釈がされていました。「天体原因説」や「大気腐敗説」といった一見すると科学的とも思える雰囲気を持ったものもありましたが、広く信じられていたのは「神罰原因説」でした。感染症は神の仕業であると信じられていた時代が、比較的最近まで続いていたのです。

ペストという感染症を例に見てみましょう。

この病気はペスト菌という病原菌がネズミ(主にクマネズミ)とそのネズミについたノミを媒介して人に感染を引き起こします。また、人に感染してペスト菌が人間の肺の中で増殖し、肺ペストと呼ばれる症状を起こすと、人から人へと感染するようになります。

しかしペスト菌という病原体の発見や、その感染経路が解明されるまで、病気の原因は全く別な見方をされていました。

1345年には、パリ大学医学部の研究チームからフランス国王に「天体異常説」として報告されています。これは、木星と火星の動きによって地球上に有害な蒸気が発生し、これが病気の元になっているという内容でした。

1350年には、「大気腐敗説」が出てきました。中世ヨーロッパにおけるペスト大流行の直前に、まるで悪い予兆のようにアジアやヨーロッパで多くの地震がありました。これらの地震によって大きな地殻変動があり地球内部のガスが地上に放出された、それが空気を腐敗させて病気の元になっている、という内容でした。

そして「神罰原因説」です。ペストは人間の罪に対する神の怒りがもたらしたものであり、神からの罰、神からの復讐だという考え方です。目に見えない脅威に対して、人々が強く信じている神とつなげて考えました。

実のところ、感染症と信仰する神を結びつけるという考え方は、ペスト流行のずっと以前からも見られるものでした。

感染症と人の心にある神の存在とについては、非常に興味深い歴史がありますので、少しペストの話から脱線して書いてみたいと思います。

南米のアステカ民族が1500年代にスペインによって侵攻された際、アステカ民族が築いてきた王国が崩壊した背景にも、実は感染症が大きく関わっていました。

スペイン人がアステカ民族を侵攻した時、最初、アステカ民族は優勢でした。一旦はスペイン軍勢を追いやったアステカの民族ですが、そこに天然痘が猛威をふるいます。

スペイン人が南米に到着した時、一緒に連れていた奴隷の中に天然痘に感染していた人がいたことで、南米に初めて天然痘ウィルスがもたらされたのです。

免疫を持たないアステカ民族に対して、天然痘は年齢性別関係なしに容赦無く襲いかかりました。

 

天然痘の大流行のなか、先住民族たちは、誰もが一つの共通した疑問を持ったのでした。スペイン人は、この恐ろしい疫病に侵されることがないのに、自分たちだけが苦しみもだえるのはなぜであろうかと。

彼らはここに一つの答えを出しました。この疫病は「怒れる神の天罰なのだ。スペイン人の神は、アステカの神より優れているのだ。だからスペイン人はアステカを支配するためにやってきたのだ。このスペイン人に逆らったアステカ人が天罰を受けるのは当然なのだ」という解釈でした。

ヨーロッパで子供の頃に天然痘にかかったスペイン人が発症しないことは、免疫を持っていることから当然であり、そこには神の存在があったわけではありません。隔絶された土着民族の間に広がれば、免疫を持たない先住民はみんな天然痘にやられるのでした。

しかし、神の優劣、天罰という解釈は明確に広く先住民に受け入れられたのです。これ以降、多くの先住民がスペイン人の神、キリスト教に改宗したのでした。

人類vs感染症 より抜粋

日本においても、天然痘と信仰の関係は大仏建立という形でも歴史に残っています。また世界的に見ても、インド、西アジア、ブラジルなどでも天然痘の神様を信仰する文化がありました。

原因もわからずワクチンなど対策の方法も持っていない時代、感染症の脅威に対して人間は神に祈るという方法しか持ち得なかった。そんな時代が近年まで長く続いていたのです。

それにしても、アステカの民族が目の前で猛威を振るう疫病を目の当たりにしたとき、彼らの中で神の優位性さえ覆してしまったという記述には驚きました。祖先の代から大切にしてきた自分たちの神が他の民族の神より劣っていると受け入れた時の彼らの悲しみは、一体どれほどだっただろうか。そんなことを思わずにはいられませんでした。

話をペストに戻します。

病気の原因がはっきりとわからない、治療法もないという中で、ほとんどすべての人が感染していく。数日前まで元気だった隣人がどんどん死んでいくという極限のストレス状態が長い期間続きます。そして、次第に人の精神は蝕まれてゆきます。

中世ヨーロッパでのペスト大流行下における「神罰原因説」は、人々を鞭打ち行進(あるいは鞭打ち苦行)と呼ばれる、宗教色の強い行いを誘発しました。

 

 

フランシスコ・デ・ゴヤ作 「鞭打ち苦行者の行列」(1812年 – 1819年) 

 

ペストの原因は、神の怒りである、ペストの惨禍に対して、人々はそれを人間の罪とそれに対する神の罰、復習と考えたのです。罪を悔い改め、神の怒りを鎮め、許しを請う贖罪(しょくざい)行為として、鞭打ちの行進が現れたのでした。

人類vs感染症 より抜粋

鞭打ち行進と言われるこの行動は、常軌を逸しています。

半裸の男女が村から村へ、互いのからだに鞭を打ちながら行進するのです。贖罪のための鞭打ちは黒死病以前にもありましたが、ペスト流行の時期にはそれが過熱し、規模を大きくして行われたのでした。

鞭にはところどころに結び目があり、そこに鉄の釘が差し込んであるのです。これで打たれると皮膚が裂け、血が流れます。体を傷つけ、肩から血を流しながら祈り、倒れこむまで歩き続ける苦行によって、神に救いを求め、疫病から逃れようとしたのです。

人類vs感染症 より抜粋

この時、人々はもう正常な精神状態ではなかったのではないかと思われます。

しかし、逃れられない疫病への恐怖は、鞭打ち行進という集団狂行にとどまらず、人の心をさらに追い込みます。そして、根拠のない風評が大きな人種差別へと発展します。

 

鞭打ち行進とユダヤ人虐殺

1348年から始まったペスト大流行と時期を同じくして、ヨーロッパでユダヤ人の大量虐殺が同時多発的に発生しています。

鞭打ち行進は、このユダヤ人虐殺を加速させました。

鞭打ち行進を行う人々が「ユダヤ人が井戸や泉に毒を投げた」という噂を行く先々で吹き込んで回ったためです。

「ユダヤ人が井戸や泉に毒を投げた」という噂に対して取り調べが行われ、ユダヤ人の自白が得られたという供述調書がヨーロッパ各地に配布されたことで、このユダヤ人迫害は各地に伝播しました。

 

エミール・シュヴァイツァー作「シュトラスブルクの虐殺」(1894年)

 

こうしたユダヤ人虐殺事件に作用することにおいて重大であったのは、サヴォイア(およそモン・スニ峠付近からレマン湖に 至る地域)でのユダヤ人の自白調書であったと考えられる。

ユダヤ人が毒を井戸や泉に入れたというただの風評が、サヴォイア 公領の執行吏によって「真実」なものとして「立証」され(ことによるとそれが「立証」されることを他の都市の支配層から依頼されていたのかもしれない)、それがシュトラスブルクの都市に文書で送付されたことは、以後のユダヤ人の運命と悲劇に決定的に作用したように思われるからである。

(中略)

この時代ではしばしばそうであるように、この自白調書で言う「尋問」や「審問」とは、事実上「拷問」にほかならない。実際、「尋問」の後、すべてのユダヤ人が「自白」している。調書のなかには、わざわざ「尋問」が「穏やか」であったとか、「簡単」であったとか時々述べられていることがあるが、そうだとすれば、それ以外は一層苛酷で長いものであったはずである。

論文:白岩千枝「史料から探る黒死病–イギリスを中心に」より抜粋

 

1349年2月14日に現フランス領のシュトラスブルクで起こったユダヤ人虐殺では、同市に住んでいたとされるユダヤ人1884人のうち約半分に当たる900人が虐殺の犠牲となり、残りのユダヤ人は街から追放されました。

1348年の秋に始まったユダヤ人迫害は、1351年までのたった数年で、60の大きなユダヤ人のコミュニティ、150の小さなコ ミュニティの絶滅、360以上の個々の大量虐殺へと至り、この頃のユダヤ人迫害がいかに苛烈を極めたかを物語っています。

 

このペスト大流行の以前からも、キリスト教信者のユダヤ人及びユダヤ教徒への敵意は慢性的なものとして長い間潜在していました。ペストによるキリスト教信者の大量死(ユダヤ人も同じくペストの犠牲になっていたにもかかわらず、キリスト教信者の目からはキリスト教徒への災いと映っていた)が、ユダヤ人への差別と迫害を暴発させました。

しかも恐ろしいことに、都市によってはそれが違法行為とはみなされなかったのです。

 

無知と無理解が差別を加速させる

中世ヨーロッパのペスト大流行下において、感染症に対しての歪んだ解釈は個人の範囲にとどまらず、国や地域の政策にも影響しました。そしてそれは、より多くの人を間違った方向へと誘導してしまうことになりました。

このような例は、歴史的にも散見されています。

 

ドイツ西部、ルクセンブルクとドイツとの国境近くにあるトリアーという街があります。ここはローマ時代からの古い遺跡にある街で、大きな壁門やコロッセオの跡も見ることができます。このトリアーの街にはハンセン病患者に対する御触書が残っています。

「教会や市場、粉屋、パン屋には決して入ってはならない」「泉水で手を洗ってはいけない」「どこへ行くにも、他人にわかるように、必ず専用の上着をつけ、何か買いたいと思う時は、杖以外のもので触ってはいけない」「橋を渡るときは、手袋をはめる前に手すりに触ってはいけない」というような内容が細かに書かれています。

患者は、黒いマントを着用して手袋をし、背の高い帽子をかぶって、一目でそれとわかる服装で出歩くように取り決められていたのでした。風上にいる者としか話をしてはいけないし、他人が自分の存在に気がつくように、笛を吹くか、木片を叩くか、がらがらと音を鳴らすかして知らせなければならなかったのです。

人類vs感染症 より抜粋

こんな内容を読むと、昔の人はまだ何も感染症の原因や感染経路を知らなかったから、意味のない馬鹿げたことを掲げたのだなと思うかもしれません。

しかしここで考えなければならないのは、「制度として、こういった内容が公然と認められていた」という点にあると私は思います。

ところで、「優生思想」というものをご存知でしょうか。

優生学という学問に基づく思想で、広辞苑の説明によると、優生学とは「人類の遺伝的素質を改善することを目的とし、悪質の遺伝的形質を淘汰し、優良なものを保存することを研究する学問」と説明されています。

もう少し噛み砕いて言うと、「優れた遺伝子だけを残して、劣った遺伝子は排除し、優秀な人間だけが後世に残るようにする」という、「命の選別」をする考え方です。

ここで言う「優れた遺伝子」とは、一体どんなものをさしているのでしょうか。「劣った遺伝子」とは何なのでしょうか。

過去、優生思想から生まれた政策に、その解釈を見ることができます。

 

政策例1:ナチス・ドイツの「T4作戦」

『病気の状態が深刻で治癒できない患者を安楽死させることの権限を、特定の指導者及び医師に対して与える』という極秘文書をヒトラーが発行したことで1939年に始まった作戦です。明確には法律化されなかったようですが、障害のある人や病人などを殺害して良い、と国のトップが認めたのです。

優生思想に基づくこの政策では、身体障害者、重病患者は「劣った遺伝子」とみなされ、後世に残す必要はないとされました。

特筆することとして、1941年に政策が口頭廃止された後も、民間の医療従事者の手によってこの行為は継続されたという点があります。

プロパガンダが浸透しきった状態においては、このような考え方に対しても人間は全くの抵抗感を覚えることなく受け入れてしまう、ということを示しています。

 

政策例2:日本の「優生保護法

この法律は不妊手術と中絶に関する法律で、1948年から1996年まで施行されていました。この法律の第1条には次のように書かれています。

「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。」

これもナチスドイツの「T4作戦」と同じく、優生思想に基づいて制定された法律でした。

この法律が制定されたのは第2次世界大戦が終わってから3年後で、国自体がまだ戦争のダメージから回復できていない時期でもあり食料や住居など国民の生活基盤がまだまだ不安定な時期したが、すでにベビーブームの兆しがあったことから、政府が人口政策の意図も含めて打ち出したものでした。

この法律では、次の条件に当てはまる場合に、本人または配偶者の同意によって中絶や不妊手術を行うことを認めています。

一 本人又は配偶者が遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの

 二 本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有し、且つ、子孫にこれが遺伝する虞れのあるもの

 三 本人又は配偶者が、癩疾患(ハンセン病のこと)に罹り、且つ子孫にこれが伝染する虞れのあるもの

 四 妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼす虞れのあるもの

 五 現に数人の子を有し、且つ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下する虞れのあるもの

優生保護法 第3条より 抜粋

「遺伝性」の障害を持つ人に対して、合法的に中絶や不妊手術を認める内容となっています。基本的には本人の同意によって実施するものとされていますが、続く第4条では、一定の条件を満たせば本人の同意がなくとも医師の判断で都道府県優生保護委員会に優生手術の実施申請ができることを認めています。

これに対して、本人は異議を申し立てることも認められているものの、最終的に優生手術を実施するかどうかを決定する権限は、都道府県優生保護委員会が持っていました。本人の意志よりも、優生思想に基づいた組織が出生を認めるのかどうかの決定権を握っていたのです。

当時の病気に対する理解レベルにおいて「遺伝性」があるのかどうかの判断にいったいどれほどの信憑性があったのだろうか、そう考えると、この法律の影に潜む恐ろしさを感じずにはいられません。

また上記第3条の第3項には、『癩疾患(ハンセン病)』が明確に挙げられています。ハンセン病の患者は、「後世に残すべきではない、劣った遺伝子である」と国が定めたのです。

同時期に施行されていた「らい予防法」が、ここでリンクします。

 

国は、1931年以降、らい予防法によってハンセン病患者をハンセン病療養所に強制的に入所させました。患者の出た家を真っ白になるほど消毒をしたり、国民を指導して「無らい県運動」を進めるなどして、ハンセン病は国の恥、恐ろしい病気という誤った意識を国民に植え付けました。

終戦後の1947年から、日本の療養所でもアメリカから輸入したプロミンや東大の石館守三教授の合成したプロミンの治療でハンセン病は治る病気になりましたが、一度、植えつけられた差別意識はそう簡単になくすことはできません。

それどころか国は、日本国憲法下においても、らい予防法を廃止せず、強制隔離政策や「無らい県運動」を継続したため、ハンセン病患者と回復者への偏見・差別による人権侵害が助長されることになりました。

国立ハンセン病資料館サイトより引用

感染症であるハンセン病の患者は「劣った遺伝子を持つもの」として法によって断定され、そして生涯にわたって強制的に隔離施設に隔離されたのです。その背景で耐え難い差別が公然と行われていたことについても、これまでに多く知られている通りです。

 

このような思想が日本でも法律によって認められていたこと、そしてそれは1996年という、つい最近まで続いていたということの意味を、私たちはよく考えなければならないと思います。

トリアーの街で残っている御触書のところで、「制度として、こういった内容が公然と認められていた」という点について考えるべきだと書きました。

トリアーの御触書はずっと昔にあったことです。しかし、優生保護法やらい予防法が効力を持っていたのは、私たちが生きている時代のことです。

「制度として、感染症患者への差別が公然と認められていた」という点において、トリアーの御触書もらい予防法も、本質的には同じだと言えるのではないでしょうか。

感染者に対していわれのない迫害と差別を公然と認める動きは、私たちが生きている近代においても存在し得る、そう考えなければならないと思います。

明らかに外観上で異常を来すような感染症患者は、脳の働きによって「自分と異なるもの」として脅威と認識されます。それは、私たちの無意識のレベルで影響を及ぼします。

死に直結するような強毒性の感染症の場合では、深刻な恐怖として人間に大きなストレスを与えます。このストレスは、その感染症から離れて身を守るか、あるいは感染の原因となるものを排除するように人間に働きかける動機となります。

これが、感染症に対する無知と無理解が感染者へのいわれのない迫害と差別を生み出すことへとつながるのです。

それは個人レベルに止まらず、国レベルでも起こりうることであり、政策として打ち出されてしまうと、その差別は「正しいこと」として認知され、一層加速し、さらに長期化させてしまうことになります。

感染症は、病気の症状として人間を攻撃するだけではありません。人間の潜在意識にも、直接的にも間接的にも、何重にも渡って波状攻撃を仕掛けてくるのです。

そのことを、私たちは決して忘れてはいけないと思うのです。

 

私たちはどうするべきか、私たちは何ができるのか

感染症は、病気の症状としてだけでなく、潜在意識にも攻撃を仕掛けてくると書きました。そんな感染症に対して、私たちはどう対抗できるのでしょうか。

まず第一には、感染しないこと、感染させないことです。

マスクをする、病原菌の感染経路を知り、その経路からできるだけ距離をとるなどの対策。これらはすでによく認識されていると思います。

 

では、潜在意識に攻撃してくる感染症には、どのように対応すべきなのか。

私は、次の3つが重要だと考えています。

 

・相手を知ること

・得た情報を理性的に扱うスキルを身につける(情報リテラシーを持つ)こと

・強い心を持つこと

 

相手を知ること

人間は、よくわからないもの、自分と異なるものに対して「脅威」と反応するようにできています。自分の身の危険を脅かす対象に対して「恐怖」の感情を持つように、脳が反応するのです。恐怖を感じた人間は、その恐怖の対象から逃げて距離を置こうとします。そうすることで、恐怖の対象から身を守り、助かる可能性を高めています。これは、人間という生物が長い期間ずっと狩猟生活を続ける中で積み上げてきた「生き延びる」ための能力です。

だから、未知の感染症の脅威に対して、人間が恐怖を感じるのは生物としては大切なことです。けれども怖がってばかりでは感染症の脅威を乗り切っていくことはできません。では、どうすればいいのかというと、やはりまずは「相手を知ること」ではないでしょうか。

例えば、夜中に道端で揺れる怪しい影を見たとき、人は「怖い」と感じます。けれど、その影は実は柳の木が風に揺れているだけだと知っていれば、「怖い」と感じることはありません。

知ることが、恐怖心を克服する一つの手がかりになるはずです。

感染症に対しても、まずは「感染症のことを知ろうとすること」が出発点になります。

 

情報を理性的に扱うこと

情報を理性的に扱うこと、とはどういうことでしょう。

理性的の反対の意味を考えれば、イメージしやすいかもしれません。理性的の対義語は、「感情的」あるいは「盲目的」です。

感染症のことを知るために、そして事実を知るために集めた情報に対して、感情的に受け止めたり、盲目的に信用したりせず、「それは本当なのかな?」という冷静な目で情報を吟味する姿勢を持つこと。事実と虚構が入り混じった情報に惑わされないために、大切なことです。

ペストが猛威を振るった中世ヨーロッパでは、鞭打ち行進者がデマを吹聴したことでユダヤ人差別が一層加速しました。その時、そのデマに対して冷静な目で対処しようとした人も、確かに存在していました。「ユダヤ人が井戸や泉に毒を入れた」というデマに対して「真偽はまだ明確にされていない、冷静にを対処し、根拠なくユダヤ人の迫害をしてはならない」とした書簡の記録も残っています。

しかし、残念なことにそれは少数派であり、潜在的なユダヤ人に対する不満や不信感も相まって、そのデマを感情的・盲目的に受け止めた大衆が圧倒的多数であったため、ユダヤ人差別が決定的に広まってしまいました。

今、私たちが生きている現代では、デマを吹聴する鞭打ち行進者はいません。その代わりに、テレビや雑誌などのマスメディアを介して情報は洪水のように流れてきます。スマートフォンが当たり前になった今となっては、情報収集はもっぱらインターネット検索やSNSがメインの情報源となっている人も多いでしょう。

「マスメディアで報道される情報は全て事実だと思いますか?」という質問をすれば、どんな回答が返ってくるでしょうか。おそらくほとんどの人は「嘘の情報も混じっていると思う」と答えると思います。対象がネットの検索情報やSNSであれば、尚更です。

それでも、SNSで誰かが「マスクが品薄」と言えば、瞬く間にその情報は拡散され、店の棚からマスクが消えます。バラエティ番組で著名人が「この商品が感染対策にオススメ!」と言えば、その商品は翌日には店頭で買えなくなってしまうのです。そればかりか、買いに行った人から店員に対しての心無い発言が社会問題となったりするのです。

私たちは鞭打ち行進者のデマを真に受けた人たちを笑うことはできないと思います。

理性的に情報を扱う力を持つこと(情報リテラシーを持つこと)は、デジタル社会に生きる私たちにはもはや不可欠なスキルになっているのです。

 

強い心を持つ、という意思を持つこと

歴史的に見ても、社会が混乱した時には、真実と虚構とが入り混じった風説が多く流れます。理性的に情報を見つめ、そこから導き出した解釈や理解が周囲の多数派の意見と違っていたり、世論に大きな影響力を持つ人物の意見と違うこともあるでしょう。

そんな時、周囲の同調圧力に負けない強い気持ちも、大切なのだと思います。

国が誤った理解をしたために、いわれのない差別や迫害が合法的に行われてしまったのも、既に述べたとおりです。多数派だからと言って、常に正しいというわけではないのです。

感染症は、人間の心の弱さを執拗に攻撃してきます。心の弱さにつけ込もうとするものに対して「自分は負けない」という強い意志を持つこと。精神論ではありますが、このこともやはり、感染症に対抗するためにとても大切なことなのではないでしょうか。

 

未来への希望

感染症の差別は許されるものではないと私たちは過去の歴史から学んできたはずなのに、なぜまたこんな問題が起きてしまうのだろう。今回のテーマは、そんな思いから始まったものでした。

感染症が人間を差別に向かわせる背景を自分なりに調べる中で、なぜ人間は歴史から学べないのだろうかと、そんな風に悲観的な気持ちになった時期もありました。

調べた結果から、自分なりの意見として先に述べた3つの大切なことについての考えがある程度まとまった頃、ある一つの記事を発見しました。

それが、冒頭でもご案内した日本赤十字社の記事でした。

この日本赤十字社の記事を読まれた方はすぐに気付かれたと思いますが、内容は私が上に述べた3つの大切なこととほぼ同じです。しかも、イラストなども使っていて、子供にでも伝わる様にわかりやすく書かれています。

この日本赤十字社の記事を読んだ時、正直にいうと「この日本赤十字社の記事があるなら、私なんかが今更何も述べる必要ないやん・・・」と思いました(泣

けれども、もし私がなんの調査もせず日本赤十字社が出した記事だけを読んで「へえ、なるほどねえ」と思うだけでは、この日本赤十字社の記事の突き抜けて素晴らしい点に気がつかなかったと気がつきました。

 

この日本赤十字社の記事が特に素晴らしい点とは何か。

それは、この記事が2020年3月26日に発表されている、ということです。

この日付の持つ意味を、ぜひ知っていただきたいのです。

 

日本政府が新型コロナウィルスに対して緊急事態宣言を発令したのは2020年4月7日のことでした。(新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立したのは2020年3月13日のことです)

新型コロナウィルスの第1波が本格的に始まろうとしているその時、これから日本を襲うであろう新しい感染症の問題に対して先手を打って、日本赤十字社はあの記事を発表したのです。

文部科学大臣から、新型コロナウイルス感染症に関する差別・偏見の防止に向けて教育関係者に向けてメッセージを発表されたのが2020年の8月。

新型インフルエンザ等対策特別措置法が改正され、感染者やその家族、医療従事者等への偏見や差別を防止するための規定が追加・施工されたのが翌年の2021年2月13日です。

これらの日付の順番を考えると、日本赤十字社の動きがいかに早かったのかを感じていただけると思います。

そのことに私自身が思い至った時、人間はしっかりと歴史から学んでいたことを理解できました。「人間は歴史から学べないのか?」と疑問を持ったのは、ただ単に私が知らなかっただけでした。もっと関心を持って常にアンテナを張っていたら、そんな疑問を持つこともなかったのだろうと思います。

やはり「知ること」は大切なことだと改めて感じたことでもありました。

そこからもう少し調べて分かったことも、合わせてご紹介しておきたいと思います。

世界保健機構(WHO)が2015年に定めた感染症の名称に関するガイドラインについてです。それは、新しい感染症の名称には特定の地名などを含めない、とするものでした。

感染症がその発祥地や流行地にちなんで命名されてしまった結果、その国や地域の人々に対する差別や偏見を生んでしまった例があります。(顕著な例として「スペインかぜ」)

このガイドラインは、過去の過ちを繰り返さないためのものでした。

新型コロナウィルスには、COVID-19という名称がつけられました。最初に発症の事例が見つかった特定の地名は、つけられることはありませんでした。

 

感染症は、病原体が起こす肉体的な苦痛を与える病気であるのみならず、患者の人権、市民権、生存権の剥奪にまで発展しかねないことを、ハンセン病の歴史を教えています。そして、これらを行なってきたのは、皆さんと同じ、普通の人間であることを警告しています。

(中略)

感染症は、病原体が人に対して起こす災いです。この災いは個人だけで負うものではなく、皆さんも含む社会全体で取り組む問題です。そこに差別や偏見があってはならないのです。

人類vs感染症 より抜粋

 

ずっと昔から人類は感染症と戦ってきました。感染症は、人や動物と共に移動します。はるか昔、船やシルクロードを通って感染症は広がりました。飛行機によって短時間で世界を移動できる様になった今、感染症も飛行機に乗ってあっという間に地球規模で移動することができる様になりました。

世界的に広がる感染症は、国境を越えて人間が力と知恵を合わせて立ち向かっていかなければならない問題です。

医療に従事する方達は、自分の身を危険に晒しながらも問題解決のために体を張って戦っています。しかし感染症と戦うのは、医療従事者だけではありません。私も含めた医療に従事しない人も、これまでに述べた様な感染症の脅威に立ち向かう力をつけなければなりません。

戦うべき相手を知って、それに負けない勇気を持てば、その先にはきっと明るい未来があるはずです。

私のカバンにつけたシトラスリボンは、そんな小さな勇気を私に与えてくれる、大きなきっかけとなりました。

「人類vs感染症」の著者である岡田晴恵さんは、著書の中で「感染症から身を守るということは、自分とまわりの人々の大事にするということ」と書いています。今回の一連の調査を経て、改めて私もその通りだと思いました。

人は触れ合うことで、人のあたたかさや命のぬくもりを感じることができます。今はまだ気安く人と触れ合うことができないけれど、そのあたたかさを忘れない様にしたい。そう遠くない将来に、私たちが今回の困難を乗り越えて、また世界の人々が安心して触れ合える日がやってくることを信じています。

その日まで、勇気と希望を持って、感染症に立ち向かいましょう。

 

こんなに長い文章におつきあいいただいて、本当にありがとうございました。

皆様と、皆様にとって大切な方々が、どうか健康であります様に。

 

 

 

<参照書籍>

人間vs感染症 / 岡田晴恵 岩波ジュニア新書

新しい道徳 / 藤原和博 ちくまプリマー新書

スマホ脳 / アンデシュ・ハンセン 新潮新書

 

<参照Webページ>

黒死病(ペスト)流行下(1348~53年)におけるユダヤ人迫害のまとめ Call of History ー歴史の呼び声ー

優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本(2) 内なる差別と向き合う NHKハートネット 福祉情報総合サイト

旧優生保護法ってなに? NHKハートネット 福祉情報総合サイト

優生保護法 衆議院

新型コロナウイルス感染症に関する差別・偏見の防止に向けて 文部科学省

新型コロナウイルス感染症に関連する差別的取扱いの防止について -新型インフルエンザ等対策特別措置法- 法務省

新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成二十四年法律第三十一号) 法令検索サイト E-GOV

・紀伊国屋書店営業総本部サイト 「教育と研究の未来」より 病気を「他人化」すること:過去のパンデミック発生時の外国人恐怖症

・東大新聞オンライン【コラム】100年前の事例に学ぶ 健康保ち今できることを

 

<参照論文>

 イタリアの黒死病関係史料集(三) / 石坂 尚武 (2006) 同志社大学人文学会

 イタリアの黒死病関係史料集(四) / 石坂 尚武 (2007) 同志社大学人文学会

黒死病とユダヤ人迫害 : 事件の前後関係をめぐっ て / 佐々木 博光 (2004) 大阪府立大学紀要(人文・社会科学)

 黒死病の記憶 : 十四世紀ドイツの年代記の記述 / 佐々木 博光 (2004) 大阪府立大学紀要(人文・社会科学)

史料から探る黒死病 : イギリスを中心に / 白岩 千枝  北海学園大学大学院文学研究科