エスコヤマへ遊びに行こう-丁寧を武器にする-

読んだ本のこと

 

 

世界から高く評価されているパティシエ、小山進さんの本を読みました。

どんなジャンルの仕事でも、丁寧な力は仕事の基礎力となり自分を助けてくれるものであり、一度その力を身につけることが出来たなら、国境や仕事のジャンルを超えて通用すると、小山さんは言います。

小山さんの丁寧さは、エスコヤマ(小山さんの経営するケーキ屋さん)という舞台から、小山さんのつくるケーキを通して伝えたいことへの熱い想いから来ています。

伝えたいことを伝えきるために、ひとつひとつのケーキ作りのプロセスに対して一切の妥協をしない仕事への取り組み姿勢が、丁寧な仕事として現れていました。

小山さんの思いや、仕事への考え方について、探っていきましょう。

 

丁寧が力になる

丁寧であることに特別な能力は要らない、丁寧さは日常的な人間関係や生活習慣が基本となって作られるものであると、小山さんは言います。

相手がどうすれば喜んでくれるか、どうしたら相手のためになるか、こういったことを真剣に考えることで人の役に立つ力がつく、それが丁寧な力へとつながる。

そして、ひとつの商品をとことんまで掘り下げて考えることで仕事の基礎力が鍛えられ、その中の一つとして、丁寧に仕事をする力が備わっていく、とあります。

 

小山ロールを掘り下げる

小山ロールとはエスコヤマの看板商品で、そのレシピは3年間の試行錯誤の末に完成した、まさに小山さんの想いの結晶とも言えるロールケーキです。

 

ロールケーキはどこのケーキ屋にもある定番アイテムだ。それをメイン商品にすると、どこにでもあるケーキなのでお客様が比較しやすいと思ったのだ。ロールケーキは定番商品の中でも、深く掘り下げることが出来て、オリジナリティを出しやすいケーキなのだ。

その頃僕の頭の中にあふれたキーワードは「水や空気のように、人の好みを超えたものを作りたい」「普通じゃダメ、とびきりでないと」「シンプルで懐かしさを秘めたもの」といった言葉だった。

斬新なロールケーキではなく、全ての世代に受け入れられるような、普遍的なロールケーキを作りたい。そのために、どのようなロールケーキにすればいいのか。

この時、頭に浮かんだのは「ふっくらとおいしく炊き上がったご飯」という言葉だった。

(中略)

炊きたてのご飯のような、ふんわりしていながら、もちっとして、なおかつしっとりとしたロールケーキを作れば、普遍的なケーキになるのではないか、と思い至った。

 

3年間の年月を経て完成した小山ロール、日本の四季を3回経験しながら完成させたものです。この小山ロールを1年中同じ品質、同じ味で焼き上げるには、四季を通じた経験が必要となるため、エスコヤマではスタッフが小山ロール部門に配属されると2年間はその部門から異動することはないそうです。

単純にレシピを覚えて作りかたをマスターするだけなら、1ヶ月もかからない、けれど四季のある日本でものづくりをするのがどういうことなのかを徹底的に体でわかってもらいたい、そのために、最低2年は小山ロール作りにしっかり取り組んでもらう、そういう意図でした。

 

少しお菓子を作った経験のある人ならすぐにピンとくると思うが、日本には湿度が80%ぐらいの梅雨と、30%前後の冬がある。湿度が違えば焼きあがりも違う。当然それに合わせた焼き加減の微調整をしていかなければならない。

そして小山ロールに使う材料の多くも日本の四季の中で育っているため、年間を通して品質が一定ではない。鶏の飲む水の量も、夏と冬では違う。だから、卵白の濃さが夏は薄かったり、冬は濃かったりする。急激に変化するのではなく、日々少しづつ変化する素材を前にしてどう対応するのか、それは体で覚えていくしかない。2年間かけて感覚を磨くのだ。

 

ほんの少しの素材の品質の違いや出来栄えの違いにも注意を張り巡らせて作り込む仕事への情熱、どんな小さな違いも見逃さない眼力、これらが丁寧さとなって現れています。

 

しかしこれほどに仕上がりに対して強い想いを持って作っているケーキ屋さんのロールケーキが、美味しくないはずがありません。

私は残念ながら、まだ小山ロールを食べたことがないのですが、もう食べる前からすっかりファンです。

 

足りている時代に求められるもの

今は足りている時代、今のようなものが溢れた時代には、ものがありすぎて自分が本当に欲しいものがわからない。小山さんはそう言います。

交通の弁がいいとか、買い求めやすいとか、そういった利便性ではなく、ひとの心に足りないものや欲しがっているものを満たすこと、それを「あなたの欲しいものは、これではないですか?」と提案すること、それこそがプロフェッショナルとして必要なのだ、と。

エスコヤマのお店は、ただ単にケーキを買いに立ち寄るお店ではありませんでした。

「僕がスイス菓子ハイジに勤めていた頃から心がけていたのは、お客様にお土産話を持って帰ってもらえるような店づくりだった」と言います。

 

自然がいっぱいある三田という地を選んだおかげで、「今日はエスコヤマに行って、ケーキを買って庭でのんびりと食べよう」と、一つのイベントになる。ついでの店ではなく、店に行くのが主目的になるのだ。エスコヤマからちょっと足を伸ばして尼ン滝(あまんたき)を見に行ってみようか、蕎麦も食べに行こうかな、と家族やカップルが丸一日楽しめるイベントになるだろう。その物語を作れるのが、この地域、三田の強みなのだ。

 

今は理想通り、自然と共存する店が実現できている。庭には燻製器を作ってパンやカフェで使うベーコンやスモークチキンを燻製している。スモークする香ばしい香りが漂う庭を、毎日子供たちが駆け回っている。小高い山に登ったり、虫を見つけたり、オブジェの人形に登っている子供もいる。その一つ一つが子供にとってニュースだろうし、親御さんにとっても子供の頃を思い出してニュースになるかもしれない。

 

エスコヤマという舞台から発信されるケーキにも、強い想いがあります。

小山さんが作るケーキには、伝えたいストーリーがあります。それにあった食材を使い、全ての想い(ストーリー)を商品に徹底的に入れ込みます。

例えばバウムクーヘン。素材選びも、「○○産地の卵がいい」というアピールポイントでは、もう売れない時代になっていると言います。

その卵を使うから美味しくなるのではない、自分が伝えたいストーリーや歴史にあった食材を使わないと商品にマッチしない。

 

僕は、バウムクーヘンに使う卵は、母の故郷である兵庫県の多可町加美のものを選んだ。それは、母の実家に預けられていた子供の頃に、そこで生まれ育った鶏の卵を食べていたという自分の歴史があり、自分の幼少の頃の木にまつわる想い出をバウムクーヘン作りに重ね合わせたかった。だから、そこの田舎の卵を使いたくなり、自ずとその卵しかない、という答えにたどり着いたのだ。

もっと美味しく、もっと楽しんでもらいたい、そういう気持ちで一つ一つの商品にストーリーを込める。

そういう気持ちが集まっているエスコヤマだからこそ唯一無二の店となり、ただスイーツを作り販売するだけではない、エスコヤマという独自スタイルが出来上がっています。

 

「自分ブランド」を作る

圧倒的な成果の裏にある、小山さんの「そこまでやるのか」と言わせる徹底した取り組み姿勢には学ぶべきところが本当にたくさんあります。

 

いい仕事さえしていればお客様は来てくださると思っているのなら、それは誤りだ。いい仕事とは、自分の評価で決まるものではない。周りの人に評価されて初めて、いい仕事となるのだ。

 

これをどれだけ本気で思えるかどうかで、人の成長というのは大きく左右されると思います。小山さんは、自分自身にだけでなく、スタッフにもその仕事の姿勢を教えていく覚悟を持って取り組まれています。

それは書籍冒頭にある「エスコヤマは一言で言えば、丁寧さを育てるための学校」という言葉にも現れています。

小山さんのスタッフの可能性を信じる姿勢にも強く惹かれます。

 

僕は現在のスタッフの姿を見ているのではなく、できるようになった未来の姿を見ている。今出来るか出来ないかは大した問題ではない。

 

これを言うのは簡単ですが、実際に部下を持って教育をした経験のある方ならきっとわかると思いますが、部下の可能性を信じるということは本当に難しいのです。

今できない姿を見て、「あいつはいくら教えてもダメだ」と勝手にレッテルを貼ってしまい、教えることを諦めてしまうことの方が多いからです。

スタッフの未来を上司自身がイメージすることの大切さに改めて気付かされました。

 

料理人に限らずビジネスパーソンも皆、自分は自分商店の店主だと意識した方がいい。自分ブランドのオーナーだ。

「今日のあなたのお店は、流行っていたか。」

 

自分の仕事の進め方を客観的に見て、お客様から「また行きたい」、「また仕事を頼みたい」と思ってもらえるような仕事をできていたか?この自分への問いかけは、本当に大切な視点です。

どんなに取り繕っていても、自分は自分のことを全て見ていますから、自分に嘘はつけません。

 

強い想いと、それを製品として体現するための仕事への取り組み姿勢、お菓子のことだけではなくお菓子の周辺にある全てのことを俯瞰してみる力、人と同じものやありきたりなものを見ても、そこに特別な何かを見出す力、これらが小山さんの丁寧な仕事の強さだと感じました。

 

余談ですが、

小山さんは、本書では一貫して自分のことを「ケーキ屋」といいます。そのことについて特段説明はされていませんが、過去の経験やケーキ職人になると決めた時の背景などから、何らかの想いを持って「ケーキ屋」と言われているような気がしています。

それもまた、興味深いところです。

 

 

エスコヤマへ行こう

小山進というケーキ職人がどんなことを考えていて、どんなスイーツを作っているか、少しは伝わったでしょうか。

私自身はまだエスコヤマの製品を実際に体験していませんが、何故かこの本を読むとエスコヤマのことについて語りたくなってくるから不思議です。

これも、丁寧に作り込まれたこの本の力なのかもしれません。

 

溢れるほどの想いがぎっしり詰まった製品と、それを提供するエスコヤマという最高の舞台、そこに行けばきっと、もっともっとエスコヤマと小山さんの作るケーキの良さを、最高の体験を通じて知ることができるはずと確信しています。

 

今はベトナムにいるため簡単にはいけないのが残念ですが、次に日本に帰ったら、家族にこう言って提案してみるつもりです。

 

「今度の休みは、エスコヤマへ遊びに行こう!」

 

 

以上です。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。